え?平和都市宣言を変える? 

2016年3月17日 02時03分 | カテゴリー: 活動報告

板橋区には「平和都市宣言」があります。

昭和60年1月1日に板橋区はこの宣言をし、

その後、この「平和都市宣言」を一層実りあるものとするために、

板橋区では様々な平和事業を実施し、「平和の尊さ、戦争の悲惨さ」を訴え続けています。

しかし、16日の予算総括質問の中で、自民党の議員により、

「平和都市宣言」の文言を変えるという意見が出されました。

一瞬耳を疑いましたが、周りからも驚きの声が上がりました。

 

板橋区内では、空襲でたくさんの方が亡くなっています。

戦争の辛い体験をしている方が大勢います。

ときわ台駅すぐ近くのお宅には、まだ防空壕が残っています。

この「平和都市宣言」は、辛く苦しく悲惨な戦争を体験した方たちが、

二度と繰り返さないようにという、深い反省と

平和への強い祈り、願いのもとに作られたものだ と理解しています。

 

「平和」は時代で変わるものではなく「恒久」のものです。

時間をかけて、すべての会派で調整し、全会派一致でやっと作り上げたものだと伺いました。

今回の自民党の質問は、時代によって「平和」を使い分けるということでしょうか。

平和を願う「平和都市宣言」を変えるという発想は、私は考えたことがありませんでした。

 

 

今、新たに宣言文を作るとしても、戦争体験をし、年齢的に記憶が残っているのは

議員の中では 橋本ゆうこうさん(終戦当時小学校1年生)しかいません。

私も、戦争について、いろいろ学んだり、画像を見たり、話を聞いていますが、

やはり実体験していませんので、想像が及ばないことの方が多いと思います。

区職員は60歳定年ですから、体験者は誰もいません。

そんな職員や議員がいくら考えても、体験から生まれたこの宣言文以上のものを作れるとは思いません。

もし作れると思うのなら、それは傲慢だと思います。

私たちは、あの戦争を知らないからこそ、戦争体験から生まれた「平和都市宣言」を

大切に守り、伝えていく、それこそが、平和を守る行為の大切な1つになると思います。

 

安倍総理は、憲法を改憲すると言い、板橋自民党は「平和都市宣言」を変えるという。

みなさんは、どうお感じになるでしょうか。

 

「板橋区平和都市宣言」

   世界の恒久平和を実現することは

   人類共通の願いである

   しかるに現実は

   核軍拡競争が激化の様相を示し

   人類の滅亡さえ危惧されるところである

   われわれは 世界で唯一の核被爆国民として

   また 日本国憲法の精神からも再び広島

   長崎の惨禍を絶対繰り返してはならないことを

   強く全世界の人々に訴え

   世界平和実現のために

   積極的な役割を果たさなければならない

   板橋区及び板橋区民は

   憲法に高く掲げられた恒久平和主義の理念に基づき

   緑豊かな文化的なまちづくりをめざすとともに

   非核三原則を堅持し

   核兵器の廃絶を全世界に訴え

   平和都市となることを宣言する

 

     昭和60年 1月 1日