奥田知志氏講演 「助けて」と言える社会へ~生活困窮者に対する伴走型支援

2016年2月28日 10時38分 | カテゴリー: 活動報告

生活サポート基金設立10周年 記念フォーラムに参加しました。

その中で、NPO法人 抱樸(ほうぼく)理事長

一般社団法人 生活困窮者自立支援全国ネットワーク共同代表の

奥田知志氏による

「『助けて』といえる社会へ~生活困窮者に対する伴走型支援」と題しての

記念講演が行われました。

 

大事なことを、たくさん学ばせて頂きましたが、

その中から、印象に残った部分を少し紹介いたします。

 

子どもの自殺について調べると、圧倒的に9月1日に多い。

子どもは「助けて」と言わない。

それは、大人が「助けて」と言わないし、言えないから。

「助けて」というと「何を甘えているんだ!」「自己責任だ!」と言われる。

そして、こういう活動している人も「助けて」と言えずに、

あるひポキッと折れてしまう。

私たちも言えるようにしなくては、と。

 

ホームレスという人はいない。

Aさん、Bさん、Cさんという、ひとりひとりの人がいるだけ。

その人にあう、その人に必要な支援をすることが大切。

だから、ホームレス抱樸(ほうぼく)

 

支援が必要な人は「大丈夫?」と聞くと、大丈夫と答える。

しかし、それはプライドではなく、自分が大丈夫かどうかが わからなくなっており、

社会から孤立し、必要な情報を持っていない人が多い。

 

そして、「子どもの貧困」についても。

私も、子どもの貧困=「親の貧困」だと考え、

親、特に女性の一人親をどのように支援するかという課題を考えていた。

その「子どもの貧困」という言葉、じつは正確ではなく、

「子どものいる世帯の貧困率」が本当の言葉なのだそうだ。

まさに!です。

「子ども食堂」についても、「子ども」だけを支えるのではなく

子ども・家族MARUGOTO支援にすべきというお話に、大賛成でした。

私も子ども食堂に取り組んで行きたいと繋がりをつくっていますが、

子どもだけでなく、さまざまな世代の居場所となり、

必要な時に必要なところにつなげて行きたいと考えています。

 

また、困っている人を「困った人」にしてしまうことについても。

社会のなかで、そのようなすり替えがされてしまう怖さを思いました。

 

また、日本とアメリカの社会的孤独、「助けて」といえる関係の有無について

OECDの資料を用いてのお話は、

アメリカ・・・お金はないけれど、友達はいる

日本・・・お金もないけど、友達もいない

ということが よくわかるもので、伴走型の支援の必要性がよくわかるものでした。

 

自立が孤立に終わらないようにすることが、大切なこと。

ホームレスの人を中学生が襲撃した事件の時に、

「こんな夜中の1時、2時に襲撃している中学生は

家はあっても心配してくれる人はいない。

「ハウスはあっても、ホームがない人もいる」と襲撃された人が語ったというお話が

印象的でした。

「ホームレス」という言葉の深さを思いました。

 

奥田氏は東八幡キリスト教会の牧師でいらっしゃいますが、

その教会は「グッドデザイン賞」に選ばれたとのこと。

大きな軒を造り、その下で憩うことができるそうになっているそうです。

まさに「軒の教会」

人に寄り添う教会です。

 

お話を伺うチャンスをいただき、心から感謝です。

これからの活動へのアドバイスもいただき、しっかり生かしていきたいと思います。

 

 

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