あなたは平和な日常で暮らしたいですか? それとも 戦争のある日常で暮らしたいですか?

2015年2月2日 22時47分 | カテゴリー: 活動報告

2月が始まった朝、辛い知らせを知りました。

湯川遥菜さんに続き、後藤健二さんも殺害されたと。
言葉にならない辛さです。
後藤さんのここまでの精神的な苦しみ、無念さ、
そしてご家族の深いお悲しみを思い、
ご家族への慰めと支えを祈りました。

Departing From Country’s Pacifism, Japanese Premier Vows Revenge for Killings
 「日本の首相、国の平和主義を変えて殺害への復讐を誓う」

ニューヨークタイムズが報じた、安倍首相の声明の見出しです。

安倍総理の発言は、日本国内へ向けてのつもりでしょうが
既に「報復」「復讐」と訳されて、世界中に広がっています。
日本の「平和」の看板が、日本人が知らない間に
どんどん地に堕ちているのです。

これが、日本のTOPのしていることです。

日本国民が意図しないところで
日本の安全、平和が危うくなっています。
70年かけて築いてきた「日本の平和」が崩れ去るのを、
このまま黙って見ていて 本当に良いのでしょうか!

現実から目をそらし、
「大丈夫だろう」
という「幻」を見ている人が多いのではないでしょうか?

何度でもいいます。
安倍総理の言葉で、日本は一瞬で危機にさらされてしまっています。
このことを私たちは、しっかりと認識する必要があります。

「戦争の狂気も平和な日常もどちらも『生きる営み』だとしたら…どちらの暮らしを選ぶべきなのか
すべての人間に与えられた命の尊厳を考えた時、私たちの答えはひとつだと思います」
亡くなられた後藤さんが伝えていた言葉です。

そして私たちは、さらに注意が必要です。
これ以上、安倍内閣の憲法をも無視した勝手な振る舞いは
断固として反対しなければいけません。
反対を示さないのは、
向こう側から見たら「賛成」ということ。
多くの方に理解してほしい。

まさに、戦争ができる国となってしまうのか、ギリギリの曲がり角です。

あなたは平和な日常で暮らしたいですか?
それとも 戦争のある日常で暮らしたいですか?

今回、後藤さんは「日本人であるがため」に殺害されました。
そして、今度は日本国民すべてが対象だと言っています。
これから東京でオリンピックもあるのです。
テロ対策として、菅官房長官は、入国審査を厳しくし、
水際で止めると言っていますが、本当にできるのでしょうか?

我が家の憲法カレンダーの2月のところには
独裁政治」についての説明が書いてあります。
  独裁政治を利用しようとするものは、今度  は、誰もが反対できない民主主義といういちばん美しい名前を借りて、こうするのがみんなのためだと言って、人々を操ろうとするだろう(1948年 文部省著作教科書 径書房)

この中の「民主主義」を「平和」に置き換えたら、
まさに今の安倍内閣。
この教科書の中に書いてある
 「国民の代表者は国民の主人でなくて、その公僕
この言葉を安倍さんに贈りたい。
「勘違いしないで!」 と。
そして、それを打ち破るのは
 「国民のみんなが政治的に賢明になることである」  とあります。

私たちは諦めてはいけない。
大事なことはだれか任せにしない。
市民感覚のない政治家ばかりでは、私たちの気持ちは届かない。
政治にアンテナを立て、敏感に反応し、おかしいことは「おかしい!」と言う。

私たち今の大人に、子どもたちの未来の平和がかかっています。