「言論、表現の自由」、そして「知る権利」 

2014年12月25日 22時34分 | カテゴリー: 活動報告

アメリカでは、北朝鮮を題材にした映画に関してサイバー攻撃を受けたり、危険があるということで

一旦上映を打ち切りにしましたが、

今日からいくつかの映画館が上映を始め、話題となっています。

 この間、アメリカでは「表現の自由」が大きな問題とされ、今日の上映に至ったとのことです。

ある映画館では「憲法」を持ってくるとポップコーンが無料だと

ニュースの中で紹介されていました。

 

日本においての「表現の自由」「言論の自」は、

日本国憲法21条第1項において、下記のように規定されています。 

   「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」

 

そして表現の自由より派生した権利として「知る権利」があります。

 

アメリカでは、1本の映画で 「表現の自由」が大きな問題となりました。

その一方で、日本では、先日12月10日「特定秘密保護法」が施行されました。

国民の「知る権利」が侵害される恐れがある と、心配されています。

戦前の情報統制に通じる懸念がある と多くの方が危機感を抱いています。

戦争ができる国になるための準備が着々と進んでいる という指摘が

戦前を知る方からも多く指摘されています。

戦争の匂いがする という人がいます。

 

戦争はある日 急に始まるものではなく

日常の中で、少しずつ変えられていき、そしてその延長線上で始まる と教えてくださった方がいます。

 

立憲主義の国でありながら、憲法を無視し、

集団的自衛権が閣議決定されてしまった日本です。

安倍総理は、選挙が終わるやいなや、改憲についての意欲を見せています。

いえ、改憲ではなく「別の憲法を作る」という表現の方がいいのかもしれません。

 

「自由」は与えられるものではありません。

取り上げられるのを、指をくわえて見ていても、返してくれるわけではありません。

 

与えられた自由だから、いらないのでしょうか?

与えられた平和だから、いらないのでしょうか?

与えられた憲法だから、いらないのでしょうか?

 

私はそうとは思いません。

 

特定秘密保護法、集団的自衛権、そして原発についてなど

反対の声明を出しても、反対の署名やデモなども行っても、

政府から聞き入れられず、押し切られているのが、今の日本です。

しかし、諦めてはいけません。

ここで諦めたら、子どもたち、未来の子どもたちへの責任を果たすことができません。

 

今日はクリスマス。

聖書の「山上の説教」には 「平和を実現する人は幸いである」とあります。

 

来年、日本は戦後70年を迎えます。

この平和を手放すわけには行きません。

「平和を実現する」のは、私たち市民です。

日々の生活の中で、アンテナを立て、

子どもの平和についての学び、自由への意識を高め、

そして、私たちの自由、権利を脅かすものを日々の生活の中で見極め、

諦めずに、平和を実現していく努力を続けることが大事です。