長崎平和祈念式典 8日

2014年8月10日 19時33分 | カテゴリー: 活動報告

台風が心配される8月8日から9日、長崎平和祈念式典に参加するために、長崎に行ってまいりました。 

板橋区議会では、1期4年間のうち必ず1度、広島か長崎の平和祈念式典に参加します。 

私は昨年広島に参加させていただきましたが、今年、同じ会派の方が参加できなくなったため、代わりに長崎に参加させていただきました。 

長崎空港に到着し、空港で慌ただしく昼食をいただき、その後、空港からリムジンバスで長崎市に入り、そのまま青少年ピースフォーラムの会場である平和会館へと移動しました。

 板橋区は、区立全中学校から長崎と広島へと各1名ずつ計46人を派遣し、平和について学ぶ「平和への旅」を行っています。

学んで帰った生徒たちは、各中学校でその報告をしたり、毎年秋に行われる「平和のつどい」で、広島・長崎の報告をします。

その中学生達が、このピースフォーラムに参加します。

 

開会宣言が行われ、被爆者である深堀譲治さんによる被爆体験光を伺いました。

時間をめいっぱい使って、それでも足りないという深堀さんのお話でした。

中学生の時、突然 教練の時に前に呼び出され、「譲治」という名前の発音が「ジョージ」、欧米の名前だと、いきなりゲンコツで頬を殴られた、そういうことも伺いました。

 中学の制服は、軍隊の二等兵と同じ。

 原爆の被爆した時のお話は、聞いているだけで辛かったですが、それを実際に体験してきたのだと思うと、そんなことを二度と繰り返してはいけないと、強く思いました。

 

「あの時の その場にいて実際に体験したことは、その印象は薄れても忘れられない。 熱線の熱さ 音(声) 光 匂い(燃える、腐る) 色 目(血が流れる、燃えるなど)は 実際にあっていないとわからない」

だからこそ、被ばく者自らが体験を放すことが大事なのだというお話に、大きくうなづきました。

深堀さんが被爆したのが中学3年生、そして今77歳。

被ばく者の高齢化が進んでいる中、体験を話せる人が年々減っていることも事実です。

語ること、語り継ぐことの大切さを痛感しました。

 

深堀さんの言葉を 少し紹介します。 

●「兄ちゃん死ぬなよ」

これは、被爆して8日後の17日に亡くなった弟さんの、亡くなる3時間くらい前の言葉です。胸に迫りました。涙が溢れました。 

●今、きな臭い感じする。     自分が小学校5,6年生のとき、あんな風になるとは思わなかった。たった5年の間に戦争に進んでしまった。               お互いに理性を働かせて、悪いようにならないように努力しないといけない。

 ●戦争 構えれば構えるほど危険 そうならないようにすること、防ぐ努力が大切

 

短時間でしたが、参加した生徒たちにも、何か伝わったものがあると信じています。 

板橋区の次代を担う子どもたちに、今この時に「平和」についてしっかり考えてもらうことは、たいへん意味のあることだと思います。 

中学生のみなさん、あなたたちの未来です。             どんな未来にしたいか、しっかり考えてね!

 

深堀譲治さんによる被ばく体験講話

中学の制服は軍隊の二等兵の軍服