柏崎刈羽原発と板橋と「汚染茶の缶詰め」と

2013年7月19日 12時09分 | カテゴリー: 活動報告

 柏崎刈羽原発を抱える新潟県の泉田知事が、再稼働について説明に来た東京電力社長に対して、了承をしなかったというニュースはご存じでしょうか?
  新潟県中越地震で、柏崎刈羽原発は震度6強の揺れを記録し、核燃料プールの水が溢れ、外部にも漏れ、また3号機変圧器では火災が起きるなどの被害がありました。それを踏まえて、県民の安全を第一に考えての泉田知事の対応でした。
 
 「原発の是非を問う都民投票」の署名集めをしたのは、もう1年半前になります。
  福島第一原発の事故で、東京の電力が福島で作られていたことを、初めて知った方も多かったと思います。
  私たちが使う電力は、遠くの誰かの犠牲によって作られていたものでした。
  現在、東京電力管内では、稼働している原発はありません。
しかし、電力は足りています
  それなのに、政府も東京電力も、原発再稼働に舵をきり始めました。

  東京には、原発はありません。

 しかし、原発が再稼働したら、柏崎刈羽原発で使う核燃料は、板橋区内を通って運ばれて行きます。

  板橋区は今年3月に地域防災計画を改定しました。原発事故が起きた今、自治体にとっても原子力対策は避けては通れません。
  区民の方との協力で、その核燃料輸送車が通るルートを地域防災計画に明記しました。23区では初です。
  首都高5号線は10数キロに渡り板橋区を通り、またカーブがきつく、大きな事故が起きています。
  また、高島平地域は、区内でも震度6強が予想され、かつ液状化が起きやすい地域です。
 そこを通って、先導車など特別な対策も取られず、また板橋区にもなんら報告もないまま、核燃料は輸送車によって運ばれているのです。

 東京直下型地震もいつ起きてもおかしくはない状態です。
  明け方、私たちが寝ている間に事故が起きても、一般市民は何も知らず、区も知らされず…
  これが今の私たちの置かれている現状です。

  1986年のチェルノブイリ原発事故の時に、6000km離れた日本のお茶が放射能により汚染されました。
 板橋・生活者ネットワークには、その時のお茶を缶詰めにして、戒めとしたものがあります。チェルノブイリの事故…チェルノブイリ事故から あと3年で30年。セシウムの半減期がやっときます。
でもまだ半減期。 他の核種の半減期はまだまだ先。

 こんな事故を繰り返してはいけない。
そう思った筈の原発事故を、この日本で、美しく豊かな福島で起こしてしまいました。
なんと情けない、そして、なんと悲しい、悔しいことでしょう!
 そして、原発は日本を汚染しただけでなく、断絶も生み出しました。

 人間は、学べるはず。
 過去を反省し、未来へと繋がずして、どうして子どもたちに顔向けできるでしょう。
 人間は可能性を持っています。

 今まで学んだことを生かし、未来への可能性をつなぐのが、今回の選挙です。

 板橋は、柏崎刈羽原発に繋がっています。
  どうぞ、忘れないで下さい。