松本市長 菅谷 昭氏 講演

2012年2月14日 15時00分 | カテゴリー: 活動報告

「放射能被曝から子どもたちを守るために国、自治体、市民がすべきこと」

 2月9日、杉並公会堂にて、東京・生活者ネットワーク2012年新春の集いがあり、松本市長 菅谷(すげのや)昭(あきら)氏の講演が行われました。

実は、私は菅谷氏や松本市の給食についてたいへん関心があり、視察に伺いたいと思っていたところでしたので、今回の菅谷さんのお話を伺えるのは、とても嬉しいことでした。

 菅谷氏は、チェルノブイリの事故の際、ベラルーシで外科医として外科治療を中心に携わりました。実際に手術なども行い、現地の医師に指導をし、子どもたちはガンの手術のあと、また汚染された自分の村に戻るので、休日には300km離れた場所に往診に行っていました。

 そこでは差別やイジメがあったそうです。

   「他に、このような経験をした人はいない。話すのが自分の務めだ」
という言葉が とても印象的でした。

 当日は、ベラルーシの風景などをスクリーンで見せていただきながら、お話を伺いました。
 広大なベラルーシの大地、緑の大平原、そこは小麦、とうもろこしなどの穀倉地帯でした。しかし、チェルノブイリの事故で、人が住めない場所となってしまいました。
 30kmゾーンは20cm土をはいで除染したそうです。
それでも、まだ高度の汚染のため、25年たった今もなお、人が住めないのだそうです。

 これは福島でもあり得るとのこと。悲しいけれど、現実なのです。

 そして、放射能の汚染はボーダーレス、国境を越えて汚染しています。
 日本は、今までは「被曝国」でした。
しかし、今回の福島の事故のために、「加害国」になってしまいました。そして、今も汚染をし続けています。

 講演の中で、子どもの甲状腺ガンについてもお話がありました。
チェルノブイリの事故後5年目で急に甲状腺ガンが増えたそうです。
そして、10年目がピークだったそうです。
枝野さんは「ただちに…」を繰り返していましたが、それは急性被曝(外部被曝)についてであり、内部被曝については何も言っていないとのこと。
 
 チェルノブイリ事故のとき、ポーランド政府は素晴らしい対応をしたそうです。
 事故を確認(4月26日事故発生、27日確認)してすぐに安定ヨウ素剤を準備し、特に妊娠・授乳中の女性には、強制的ではないが内服するように指示、5月2日までに小児人口の90%以上が内服したそうです。
 そのお陰で、ポーランドでは甲状腺ガンが増えなかったそうです。そして、安定ヨウ素剤による重篤な副作用もなかったとのことです。

 安定ヨウ素剤を内服することは、子どもたちのためだけではなく、お母さんたちにとっては精神安定剤にもなったそうです。
 事故後、いつまでもお母さんたちは
 「どうしてあの時キノコを食べさせたのだろう…」
と、ずっとそのことを引きずってしまうのだそうです。

 日本は、情報がきちんと出されていません。
内部被曝は
  「経呼吸器的、経皮的、経口的」
の3つがあり、これを自己管理することが大切であり、内部被曝はどうなるかわからないし、わかっていないので、チェルノブイリを見ていくしかないとのことでした。

 そして、私の知りたかった松本市の給食。
「地産地消が基本だけれども、政府を信用していないから、松本では自分たちで測っている」という言葉が印象的でした。

 自然災害は、圧倒的に破壊されても、いつか必ず復活できる。
 しかし、原子力災害は、人が住めなくなり、人が戻ってこられなくなる。自治体が崩壊してしまう、とのこと。ここに、自然災害と原子力災害の大きな違いがあります。

 福島の高濃度の汚染地域は、チェルノブイリの高濃度汚染地域の2倍の値だとの説明がありました。
福島の汚染地図だけ見ていても、それがどれだけひどい汚染なのか良くわからなかったのですが、菅谷氏の説明で、その汚染の酷さを痛感するものとなりました。

 「最悪のことを考えて先手、先手を打つことが必要」
冒頭での言葉を、改めて痛感することとなりました。

 最後に、質問の時間が少なかったため、文章で質問を提出しました。
回答が届きましたら、また紹介したいと思います。