核・原子力のない未来をめざす市民集会 @台東 小出裕章先生

2011年9月15日 16時14分 | カテゴリー: 活動報告

 第二部は、京都大学原子炉実験所の小出裕章先生のお話です。

私は、インターネットの動画や先生の著書を拝見していました。
是非、一度直接お話を伺いたい!と、ずっと思っていましたので、たいへん楽しみにしていました。
 忌野清志郎さんの歌を盛り込みながらのお話は、穏やかながらも、原発に対する強い意志が感じられ、原発が存在する意味を更に深く考えさせられました。

 先生のお話の中で、
    日本は「法治国家」か?
というお話がありました。
    国民が法律を破ると国家は処罰します。
    それなら、法律を守るのは、国家の最低限の義務。
    日本では、一般人は年間1ミリシーベルト以上の被ばくをしてはいけないし、
    させてはいけないという法律がある。
    原発を造ったのは、国。
    それなのに事故が起きた途端に、その法律を反故にしてしまった。
非常事態とはいえ、日本の対処の仕方、特に守らなければならない子どもたちに対しての対処は、
納得ができないものでした。

 子どもの頃、社会の授業で「人形峠」という言葉は習いましたが、恥ずかしながら詳しいことは知らずにいました。
今回、小出先生のお話で、初めてその全容を知りました。国の無責任さに呆れました。
国は、人形峠で出た残土を国内では処分できず、アメリカの先住民の居住区に持って行きました。

 ウランはその毒性が半分に減るのに45億年かかります。
そして、核分裂生成物(死の灰)は100万年にわたって、生命環境から隔離し続けなければならないそうです。
 低レベル放射性廃棄物でも、300年は管理する必要があります。
今から309年前、忠臣蔵の討ち入りがあったそうです。
アメリカ合衆国ができてからも、まだ235年しか経っていません。
そのときに、300年後の現在のことを、どれだけ想像できたでしょうか?
そう先生に聞かれて、改めて300年という年月の長さを思いました。

    技術には「平和利用」も「軍事利用」もない。
    あるのは「平時利用」と「戦時利用」だけ。

    「核」も「原子力」も 元は 「Nuclear」という1つの単語。
    それを都合よく使い分けているだけ。
 
    「安全だ」「安心だ」という言葉は決して使ってはいけない。

先生の言葉が、胸に刺さりました。

 先生のお話は、こちらで見ることができます。
 是非ご覧ください。

   http://www.ustream.tv/recorded/16899529
   http://www.ustream.tv/recorded/16899696
   http://www.ustream.tv/recorded/16899897
   http://www.ustream.tv/recorded/16900356